「二度の詐欺と、今日の晩ごはん」
人生を振り返ると、「詐欺」という言葉が二度、はっきりと刻まれている。
一度目は、まだ25歳と若くて、お金の流れや投資のリスクに甘い頃。
「上場前の株を買わないか?」
そう、あの甘く危険な誘い文句を、仲の良かった会社の先輩から笑顔で投げられたのだ。
「これ、間違いなく上がるから。俺らだけの情報なんだ」
秘密を共有するような空気に流され、70万円を振り込んだ。
結果はお察しの通り。上場などせず、70万は煙のように消えた。
二度目はもっと派手だった。
「あんこスキーム」──不動産業界の奥に潜む、聞き慣れない詐欺的手法。
今回は70万どころではない。
気づけば、5000万円のローン契約に名前を書いていた。
表向きはきちんとした不動産投資話。
だが裏をめくれば、家賃保証や取引先の関係を利用した、中抜きと価格上乗せのからくり。
今回も、きっかけは笑顔で近づいてきた、昔から仲の良い社員だった。
人の警戒心というのは、知らない相手には強く働くが、身近な相手には驚くほど弱い。
まるでウイルスに免疫を突破されたかのように、心の中へと入り込まれてしまう。
二つの事件に共通していたのは、
「被害者は自分ひとりではない」ということだ。
つまり、相手は最初から複数人を狙い、同じ手口で網を広げていた。
誰かが落ちても、別の誰かで穴埋めができる──そんな冷たい計算が透けて見える。
そしてもう一つの共通点は、被害額はまるで違えど、どちらも笑顔で始まったことだ。
信頼や友情の皮を被った笑顔ほど、鋭い牙を隠せるものはないのかもしれない。
普通なら、ここで人生観がすっかり暗くなるはずだ。
人を信じられなくなり、常に疑心暗鬼のまま過ごすかもしれない。
だが、自分はそこまで悲観していない。
もちろん金額は大きく、返済の重みは現実だ。
それでも、不思議なことに「終わった話は終わった話」としてしまえる部分がある。
たぶん、それは自分が“幸せ”を別の場所に置いているからだ。
その場所とは、家の食卓だ。
今日も仕事を終えて家に帰ると、台所からいい匂いがする。
「ごはんできたよ」
そう言って出してくれる嫁の手料理は、どんな高級レストランの料理よりも旨い。
詐欺で失った金額を計算すれば胃が痛くなるが、
目の前の味噌汁と焼き魚を口にすれば、不思議と満たされる。
「これでいいか」と思える。
いや、「これがあればいい」と思える。
お金は大事だ。
騙されて失う悔しさも、恥ずかしさも、やるせなさもよく知っている。
けれど、人生の価値を決めるのは、残高やローン残債だけじゃない。
詐欺に遭っても、借金を抱えても、心の中に温かい場所があれば、人は案外立ち直れる。
今日も自分は、詐欺のことを思い出しながら、湯気の立つごはんを頬張る。
それが、今のところの40年ほど生きた人生の答えだ。


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