5の奴隷、6のアモール、7の“あの村”が教えてくれたこと
はじめに
「ドラクエのシナリオ、作品内で温度差ありすぎじゃないか?」
そう感じて
「6ぐらいから分業っぽいな」と思って調べたら、だいたい合ってた。
実際、堀井雄二氏が全体統括をしつつ、複数のシナリオ担当が関わる体制は、
**ドラゴンクエストVI 幻の大地**前後から明確になる。
その結果どうなったかというと――
ドラクエに“トラウマ級エピソード”が定期的に混入するようになった。
今回はその象徴として、
- 5:奴隷編
- 6:アモール
- 7:レブレサック
子供泣くて・・っていうエピソードだったと思う。
ドラゴンクエストVII はドラクエシリーズの中でも突出して後味が悪い。
それは単に「悲しい話が多い」からではない。
勇者が介入しても世界が良くならない話が多すぎるからだ。
① レブレサック
歴史は簡単に書き換えられる
■ エリア
レブレサック村(過去・現代)
■ 簡単なあらすじ
かつて村を魔物から救った英雄(主人公たち)は、
長い年月の中で「村を滅ぼそうとした悪人」に仕立て上げられていた。
真実を語る者は排除され、
偽りの歴史を信じることが“村の正義”になる。
勇者が真相を明らかにしても、
村人たちは反省も改心もしない。
■ 鬱ポイント
- 村ぐるみの歴史改ざん
- 正しい人間が悪者扱いされる
- 救済後も村の空気は変わらない
「人間は真実より都合を選ぶ」
DQ7の人間不信は、ここで完成する。
② ダイアラック
信じた結果、全滅する
■ エリア
ダイアラック(過去)
■ 簡単なあらすじ
村人たちは精霊(神)を強く信仰していた。
祈れば守られる、正しく生きれば救われると。
しかし、その信仰心こそが引き金となり、
村は壊滅する。
信じたことが間違いだったと気づいた時には、
もう何も残っていない。
■ 鬱ポイント
- 悪意ある人物が存在しない
- 信仰=破滅ルート
- 正しい行動が結果的に全員を殺す
「信じたこと自体が罪」
これはDQシリーズでも屈指の理不尽さ。
③ ルーメン
救っても時間が全てを壊す
■ エリア
ルーメン(過去・現代)
■ 簡単なあらすじ
闇に覆われ滅びかけていた村ルーメンは、
主人公たちの介入によって一度は救われる。
人々は希望を取り戻し、
「良い未来」が確かに存在した。
しかし現代に戻ると、
村は再び衰退している。
■ 鬱ポイント
- ハッピーエンドを一度見せてくる
- 時間経過で全てが無に帰す
- プレイヤーに何もできない
「救済は一時的でしかない」
DQ7が最も残酷なのはこの後出し絶望
3つを並べると見えるDQ7の本質
エピソード鬱の種類レブレサック人間不信ダイアラック信仰の否定ルーメン希望の無常
共通しているのは勇者=万能な存在ではないという点。
DQ7では
- 真実を示しても人は変わらない
- 正しく生きても救われない
- 救っても時が全てを壊す
という現実が淡々と描かれる。
おわりに
DQ7は「世界を救うRPG」だけではなく
「人間を観察させられるRPG」だと大人になってから思う。
だからこそクリア後に残るのは達成感よりも
妙な疲労感と引っかかり。(単純に話が長ぇからだろ)
でも不思議とそれが記憶に一番残る。
たぶんDQ7はドラクエで一番大人向けの作品なんやと思う。
DQ1世代が大人になったからなのかと考えている。


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